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【教育×デジタル】進みはじめた教科書のデジタル化、その課題と責任

第58回 学校と教員に何が起こっているのか -教育現場の働き方改革を追う-

■授業・コスト・健康面への影響、そして責任

 教科書のデジタル化は、まさに「追い風」のなかにあるといっていい。とはいえ、一気にデジタル教科書に切り替わるわけではない。
 来年3月末には1人1台端末が実現するとはいえ、手元に端末があっても子どもたちや教員がいきなり使いこなせるわけではない。ICT端末を生かした授業をどう構築していくのかはこれからの話だ。そもそも端末利用に意味があるのかどうかさえ、まだ未検証である。

 そんなかで、紙の教科書を廃してデジタル教科書だけにしてしまえば、それこそ学校現場が混乱するのは目に見えている。授業が成り立たない学校もでてくるだろう。
 一気にデジタル教科書に移行できないのなら、段階を追っていくしかない。しばらくは紙とデジタルの両方の教科書の併用が望ましいのだろうが、そうもいかないようだ。

 最大の問題は費用である。現在の紙の教科書は小中学校では無償になっているが、そのために国が負担している経費は年間約460億円にのぼる。
 デジタル教科書を併存させるのであれば、相当な額となってくる。デジタル教科書の普及を政府としても目標にしているとはいえ、経済的に大盤振る舞いしてくれるわけではない。
 政府の財布の紐を握っている財務省は、とても紐を緩めるような心境にはないだろう。1人1台端末を前倒しされ、さらに少人数学級の導入も小学校だけという条件付きながら認めさせられ、教育予算ではかなりの出費を強いられている
 紙の教科書を無償にし、そのうえデジタル教科書も無償で配るなど、簡単には認められないに違いない。

 そこは、文科省もわきまえているようだ。1人1台端末の実現と同時にデジタル教科書の完全無償配布とは言っていない。
 9月25日に文科省は、21年度予算の概算要求にデジタル教科書の普及関連経費として50億円を盛り込むことを決めている。国が購入代金を負担して小学5、6年生と中学生に提供するもので、希望した教育委員会だけが対象、しかも全教科ではなく小学生は1教科分、中学生は2教科分をまかなう額となっている。
 この時点では1人1台端末の前倒しは決まっていたにもかかわらず、デジタル教科書については、文科省は「遠慮」したことになる。

 そうしたなかで、2分の1という使用基準を撤廃するという話は、どんどん進んでいるのだ。先述したように基準が設けられたのは、視力など健康面での懸念からだった。
 しかし、文科省の有識者会議では、「規制には明確な根拠がない」とう意見が多かったそうだ。視力など健康面で問題があるという「明確な根拠」がないので基準を撤廃する、というわけである。
 ただし、「問題がない」という「明確な根拠」があるわけでもない。
 しかも文科省は、撤廃するにあたって「児童生徒の健康に関する留意事項について周知・徹底を図り、必要な対応方策を講じる」としているのだ。これは、「健康問題への懸念がある」と考えていることではないのだろうか。
 根拠がないとする有識者会議を利用して基準撤廃を急ぎながら、一方では「健康に留意しろ」といっている。では、留意するは誰なのだろうか。教員をはじめとする学校現場を想定しているとしか思えない。

 利用基準が撤廃されれば、デジタル教科書の利用は加速するだろう。しかし、健康面での問題が起きれば、文科省は「学校側の留意が足りない」と自らの責任は回避するのかもしれない。

 

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前屋 毅

まえや つよし

フリージャーナリスト。1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。『週刊ポスト』記者などを経てフリーに。教育問題と経済問題をテーマにしている。最新刊は『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、その他に『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『グローバルスタンダードという妖怪』『日本の小さな大企業』などがある。


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